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妹、梨華の家出 ①

Author: 紅城真琴
last update Last Updated: 2025-05-04 09:19:49

「樹里亜、こっちよ」

病院の社員食堂で、母が手を振る。

はいはい。

幾分駆け足になりながら、窓際の席に駆け寄った。

「ごめん。お待たせ」

急患で、約束の時間を20分ほど遅れてしまった。

「いいのよ、仕事でしょ。日替わりのランチを頼んだけど、よかった?」

「うん」

すでに、テーブルにランチが並んでいる。

母と食事なんて、久しぶり。

「どうかしたの?」

母が急に呼び出すなんて珍しい。

「たまたまこっちの方に出かける用事があったから。それに、あなたの顔も久しく見てないし」

ウッ、痛い一言。

「なかなか帰れなくて、すみません」

嫌みっぽく言ってしまった。

「別に、仕事だから仕方ないけれど、たまには会いたいわ」

おっとり型の母は私の言葉を気にする風もなく言うけれど、逆に私の心が痛んでしまう。

私だって、母が嫌いなわけじゃない。

でも色々と複雑な事情があるから、なかなか素直にはなれない。

「で、家の方は変わりないの?」

話の流れを変えてみようと何気なく聞いたのに、突然母が箸を置いた。

「何、どうしたの?」

何かあるんだなと感じた私は母を見た。

「昨日、梨華が酔っ払って帰ってきてね、玄関で大騒ぎしたものだからお父さんが怒って・・・」

「それで?」

「お父さんは怒鳴り散らすし、梨華は玄関で泣き出すし・・・もう大変だったわ」

ははは。

思わず笑ってしまった。

「笑い事じゃないのよ」

「ごめんごめん」

でも、いかにも梨華らしいな。

「それで、梨華はどうしてるの?」

「今日は二日酔いで仕事を休んだわ」

はぁー。

母さんが溜息をつく。

妹の梨華は小さい頃から勉強嫌い、いかにも末っ子のわがまま娘。

今春地元の大学を卒業して今はこの病院で父の秘書をしているのだが、新入社員のくせに体調不良を理由にしてちょくちょく欠勤しているらしい。

「困ったものね」

「本当に」

頼みもしないのに、テーブルに食後のコーヒーが運ばれてきて、

「ありがとうございます」

母がお礼を言う。

さすが、院長夫人にはサービスが違う。

「梨華も一人暮らしがしたいんだって」

「へえー」

でも、不安だな。

梨華を一人暮らしさせたら何か起きそうな気がする。

「何でお姉ちゃんばっかりって言うのよ」

はあ?

「私は関係ないでしょう」

確かに、私は大学入学と同時に一人暮らしを始めた

もちろん家から離れた大学に行ったのも理由の1つだったけれど、家から出たかったのも事実。

とはいえ国公立の医学部に現役で行くだけの学力はなく、お金のかかる私立の医学部に行かせてもらったことには感謝してもしきれない。

「お姉ちゃんとは違うんだって、いくら言ってもあの子には分からないのよ」

「フーン」

だからあなたが帰ってきてと、母は言いたいんだと思う。

父さんからも、大樹からも再三言われている言葉だ。

でも、ごめん。

「私は帰れない」

うつむきながらボソッと言った言葉に、母さんは何も言わなかった。

母さんの気持ちが分かっていても、どうすることもできない。

だって、私はあの家には帰れないから。

「仕方ないわね」

諦めたように母は言う。

申し訳ない気持ちで一杯だけど、それだけでは片づけられない事情があってどうしようもできない。

肩を落とす母を見ながら、私の心は痛んで仕方がなかった。

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